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東京地方裁判所 昭和63年(刑わ)2795号 判決 1989年2月22日

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中六〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、キャッシュカードの磁気ストライプ部分の電磁的記録を不正に作出した上、これを利用して、株式会社富士銀行が加盟している預金管理等のためのオンラインシステムに接続された現金自動預入払出機(以下、「ATM」という)等から現金を窃取しようと企て、同銀行の事務処理を誤らしむる目的をもって、ほしいままに、昭和六三年六月二二日ころ、神奈川県横浜市戸塚区《番地省略》、甲野電子サービス株式会社技術教育センターにおいて、あらかじめビデオテープを貼り付けたキャッシュカード大のプラスチック板八枚の各磁気ストライプ部分に、オフィスコンピューター、実習用ATM等を用いて、「暗証番号」、「銀行番号」、「支店番号」、「口座番号」等の順に、別表の「作出」欄記載のとおり、「八六〇〇」、「〇〇〇三」、「〇一二四」、「〇〇二三五七一」等を表す印磁をそれぞれして、同銀行の預金管理等の事務処理の用に供する事実証明等に関する電磁的記録をそれぞれ不正に作出し、同日ころから同月二八日ころまでの間、前後九回にわたり、右一覧表の「供用及び窃取」欄記載のとおり、東京都台東区東上野三丁目一八番七号、株式会社住友銀行上野駅前支店外六か所において、右不正に作出したカード九枚を前記オンラインシステムに接続されている各ATM等にそれぞれ挿入して、これを前記富士銀行外七行の前記事務処理の用に供し、右各機等を作動させ、右各機等から、右住友銀行上野駅前支店の支店長A外六名管理にかかる現金合計三六二万五〇〇〇円を払い出してこれをそれぞれ窃取したものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

被告人の判示所為中、各私電磁的記録不正作出の点は包括して刑法一六一条の二第一項に、その各供用の点はいずれも同法一六一条の二第三項、一項に、各窃取の点はいずれも同法二三五条に該当するところ、私電磁的記録不正作出とその各供用と各窃盗との間にはいずれもそれぞれ順次手段結果の関係があるので、同法五四条一項後段、一〇条により結局以上を一罪として最も重い別表番号5の窃盗罪の刑で処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中六〇日を右刑に算入し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとする。

(量刑の事情)

本件犯行は、経済観念に乏しく、自己の収入に見合わない支出をして、サラ金やローンの返済に追われていた被告人が、その有するコンピュータに関する専門知識と技術を悪用して、キャッシュカードに関するコンピュータのデータの構造を解析して、正規の暗証番号に関係なくして他人の銀行口座から預金を引き出す方法を解明し、判示のとおり、キャッシュカードの磁気ストライプ部分の電磁的記録を不正に作出し、銀行の現金自動預入払出機から、合計362万5000円を窃取した事案であるが、データの解明、作出にあたっては、被告人はその勤務するコンピュータ関連会社の技術者研修の受講期間中を利用して、実習用のテラーマシーン、現金自動預入払出機及びオフィスコンピュータなどを用いており、窃取の実行にあたっては、防犯カメラから発見するのを防ぐために女装までしているなど、用意周到であり、窃取金額も多額であること、また、被害を受けた銀行はキャッシュカードに関するシステムの変更を余儀なくされ、多大の人的、物的負担を強いられたことなどを併せ考えると、被告人の刑責は重大で、犯情甚だ悪質であると言わねばならない。しかも、今日においては、電磁的記録により、情報の保存、権利の登録、移転等の大量の事務処理が行われているのであり、電磁的記録の正確性に対する信頼なくしては、社会の諸活動は成り立たない程に重要なものとなっていることに鑑みても、電磁的記録の正確性に対する不安を社会に与えた被告人の責任は、決して軽視することはできず、一般予防の見地からみても厳しく処断しなければならないところである。

しかしながら、被告人は逮捕されてからはその非を認めて素直に取り調べに応じており、当公判廷においても反省の情を披瀝していること、窃取した金額は全て弁償がなされ、前科前歴もないこと、その他被告人の年齢、性格、家庭の保護状況等被告人のために酌むべき諸般の情状を総合勘案すれば、主文の刑に処し、その執行を猶予するを相当とする。

(裁判官 小倉正三)

<以下省略>

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